【話題】手先が不器用・運動が苦手な子に「発達障害の可能性」 専門外来などで支援[26/11]

概要

手先が極端に不器用だったり、運動が苦手だったりする子どもに、発達障害の一つである「発達性協調運動症(DCD)」の可能性があるとして、医療機関などで支援が広がっている。

これまで単なる不器用さや運動音痴として見過ごされがちだった子どもの困難に目を向ける取り組みだが、今回の報道には、さまざまな意見が寄せられている。

「最近は何でもかんでも発達障害にする」「手先が不器用なだけで障害と呼ぶのはどうなのか」といった疑問がある一方、実際にDCDのある子どもを育てる保護者からは、日常生活での困難さを訴える声も上がっている。

子どもの発達の個人差をどこまで障害として捉えるべきなのか。そして、診断や支援は本当に子どものためになっているのか。

今回の報道をきっかけに、発達障害の診断と支援のあり方について議論が広がっている。

手先が不器用、運動が苦手なだけで発達障害なのか

発達性協調運動症(DCD)は、体の動きをうまく組み合わせることが難しく、日常生活や学校生活に支障が生じる神経発達症の一つだ。

例えば、文字を書く、はさみを使う、ボタンを留める、靴ひもを結ぶといった手先の作業が難しい場合がある。

また、縄跳びや鉄棒、ボール遊び、自転車など、体全体を使う運動が苦手な子どももいる。

今回報じられた大阪府枚方市の小学1年生の男児(7歳)は、歩き始めたのが1歳半ごろと周囲より遅く、縄跳びや鉄棒などの習得にも時間がかかっていたという。

こうした報道に対し、ネット上では「昔から不器用な子や運動が苦手な子はいた」「最近は何でもかんでも発達障害にしてしまうのではないか」といった疑問が寄せられている。

中には「『手先が不器用、運動神経が悪い子』を『発達障害』と呼ぶことにしただけではないか」と、診断名そのものに疑問を投げかける声もあった。

「障害という言葉をそんなに気軽に使っていいのか」「このままでは発達障害ではない子どもの方が少なくなるのでは」といった意見も見られる。

ただし、医学的には、単に不器用だったり運動が苦手だったりするだけでDCDと診断されるわけではない。

年齢や発達段階に比べて運動技能の習得や実行に明らかな困難があり、それによって日常生活や学校生活に継続的な支障が生じているかなどを総合的に判断する。

子どもの成長には個人差があるため、運動の得意不得意だけで障害と決めつけることは適切ではない。

「普通の苦手とは違う」当事者の保護者から切実な声も

一方、実際にDCDのある子どもを育てる保護者からは、単なる運動の苦手さとは違うという声も寄せられている。

ある保護者は、「苦手と言っても普通の苦手とは違います」と説明した。

その子どもは、指でピースの形を作れるようになったのが4歳半ごろで、5歳半になっても鼻をかむことが難しいという。

両足をそろえてジャンプすることもできず、体の使い方が不器用なため、日常生活で困ることが多いとしている。

現在は作業療法によるリハビリに通っているという。

こうした声からは、単に体育が苦手だったり、手先が少し不器用だったりすることとは異なる、日常生活での具体的な困難がうかがえる。

DCDのある子どもは、本人が努力していても、周囲と同じように体を動かすことが難しい場合がある。

そのため、「練習すればできる」「努力が足りない」と言われ続けることで、自信を失ったり、学校生活に不安を感じたりする可能性もある。

専門家は、こうした困難を早期に把握し、必要に応じて作業療法や学校での配慮につなげることが重要だとしている。

ただし、支援が必要な子どもを見逃さないことと、発達の個人差を何でも障害として扱わないことは、両立して考える必要がある。

診断が増えることへの不安、公的支援の使い道にも疑問

今回の報道では、発達障害の診断や支援が広がることに対し、公的な予算の使われ方を疑問視する声もあった。

「発達障害として扱うことで、公金を使った事業を増やし、利益を得ようとする人がいるのではないか」という意見だ。

医療機関での診療やリハビリ、障害児通所支援などには、公的な医療保険や給付費が使われる場合がある。

そのため、支援の必要性や事業者への報酬、サービスの質について検証することは重要だ。

一方で、DCDの診断や支援が広がっていること自体をもって、医療機関や支援事業者が不当に利益を得ていると判断することはできない。

公費を使う制度だからこそ、本当に支援が必要な子どもに適切なサービスが届いているのか、不適切な請求や過剰なサービス提供が行われていないかを確認できる仕組みが求められる。

また、ネット上には「子どもの頃は支援されても、大人になったら放り出される」と、成長後の支援について不安を訴える声もあった。

DCDによる困難は成人後も続く場合があり、進学や就職、仕事、日常生活で支援が必要になる人もいる。

そのため、子どもの時期だけで支援を終えるのではなく、成長に応じて必要な相談や配慮につなげていくことも課題となる。

一方、「発達障害は先が短い」といった声については、DCDという診断だけで寿命が短いと判断できる医学的根拠はない。

発達障害という言葉が広く知られるようになった今だからこそ、その意味を正しく理解することが大切だ。

不器用さや運動の苦手さは、誰にでも程度の差がある。

すべての苦手を障害と決めつける必要はないし、反対に、日常生活で深刻な困難を抱えている子どもを「ただの不器用」で片づけることも適切ではない。

子どもに診断名をつけること自体が目的になってしまっては、本来の支援の意味が失われてしまう。

大切なのは、診断名の有無だけで判断するのではなく、その子が実際に何に困っているのか、どのような支援が必要なのかを丁寧に見極めることだ。

そして、公的な支援についても、必要性や費用、効果を検証しながら、子どもの成長と将来につながる制度にしていくことが求められる。

出典・参考資料

【1】発達障害ナビポータル
「発達性協調運動症に関する情報」

https://hattatsu.go.jp/supporter/healthcare_health/about-dcd/

【2】厚生労働省
「DCDの診断と医療(診断、小児期)」

https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001122260.pdf

【3】日本小児科学会
「小児科医なら知っておきたいDCD(発達性協調運動症)の理解と支援」

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpeds/129/11/129_25-0301/_article/-char/ja

Xより

引用元:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF277810X20C26A8000000/?n_cid=dsapp_share_ios

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